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最近、物理学科の建物の中にあった自販機が350mlの缶ではなくて500mlのペットボトルを売る機械に変わってしまいました。(アメリカだからmlじゃないと思うけど、要するに缶からボトルへということ。)以前は糖分が欲しくなったら缶コーラを買ったりしていたんだけれど、ペットボトルになってしまうと一度に飲んでしまえないのでもう気軽に買えないなあ。残念です。

この前帰国した際に買ってしまっていた数学ガール三冊を読み終えました。一巻及び二巻(フェルマーの最終定理の巻)の全てと三巻(ゲーデルの不完全性定理の巻)の途中までは文句なく面白かったんだけれど、三巻の最後の部分はあれは一体なんだったんだろう。16ページにわたって46個の定義が羅列されているところでフォローするのは諦めてしまったけど、不完全性定理を一応証明していたことになっていたんでしょうか。こんなに最後で飛ばす必要もないのになあと思いました。ところで第三巻に出てきた一点だけで連続な関数は素敵だと思いました。

宮崎市定『科挙』を読みました。前回帰国した際に本郷書籍部に平積みになっていて気になったので買ってきていた本です。科挙についての具体的事実の他にも受験者のエピソードなんかも載っていて非常に面白かった。どうやら"China's Examination Hell"という題で英訳もされている本だったようです。科挙について短くまとめた本としては世界的な名著だということでしょうか。中国人の友人から現在の中国の受験戦争についても聞きました。北京大学及び清華大学に入学するのは極めて難しいようで、仮に省毎に行われる入学試験の成績がトップだとしても不合格になることもあるそうです。(ちなみに、省の入試成績トップは状元と呼ばれ、これは科挙のトップ合格者がそのように呼ばれていた名残だそうです。)それは、入試の成績以外に内申書の点数が加わることで総合点の順位が変化することがあるからだとのことです。山東省や湖北省など割り当てられた合格者の人数に比べて人口が多すぎる省ではこういった過酷な状況が生まれるのだそうです。(例えば、某省の北京大学物理学科の合格者割り当てが1人だったとすると、トップが二位になるだけで不合格になるということ。)また、比較的合格し易い省へ引越しするというのは政府が厳しく禁じているそうで、もしそんな不正が発覚したら合格の取り消しと以後の数年間の受験資格の剥奪が行われるそうです。そういえば科挙でも不正が発覚したら相当厳しい罰があるそうで、中国の試験に対する厳格さは科挙のころから受け継がれているようです。しかしそれと同時に科挙のころ同様に受験生がどうにかして不正を行おうとするのも変わっておらず、最近は耳の中に超小型の電波のレシーバーを取り付けておいて外部からの助けを聞くなんて方法が行われるようになってきたようです。しかし政府もだまってはおらず、試験場の外に電波撹乱装置を設置して受験生と外部との電波による通信を妨害しているのだとか。10億人も人がいると大変ですね。
しかし受験を経た入学者選抜を経る方法以外にも、例えば国際科学オリンピックで金メダルを取るなどの実績があれば受験を飛ばして合格することができるようです。これもこれで相当大変で、まず中国で科学オリンピックに出場するにはその対策に特化した特別なクラスを持った高校の特別クラスに入らなければいけません。そして、高校の特別クラスに入るためには、中学の時点ですでにその特別クラス予備軍として特殊な対策を行うクラスに入っていなければいけません。そして、中学でその特殊クラスに入るためには小学校のときに選抜されていて特殊なクラスに所属していなければいけません。つまり、小学校のときの最初の選抜に選ばれていなければ、その後に特別クラスの中に入ることはできないという構造があるそうです。僕にその話をしてくれた中国人は、小学校の選抜には通ってしばらく特別クラスに通っていたそうなんですが、あまりにもつまらなく興味を失ったのでやめてしまったと言っていました。最近小学生当時に使っていたノートを見返してみたらそのときに解いていた問題は難しくて今では全くとけなかったと言っていました。中国はおそろしいなあ。
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オフィスから家への帰り道、道の両端に人がたくさん集まっていました。なんだろうと思って近くの人に聞いてみたら、ホームカミングデイのパレードがあるということでした。こちらに来てもう4年になるにもかかわらず未だにホームカミングデイというのが一体どういう行事なのかわかっていません。(検索したら、最近東大でもホームカミングデイがあるようですね。何の行事なのかわかっていないのは僕だけなのか。)でもせっかくなので待っていると、道の向こうからパレードがやってきました。初めは軍服を着た人たち、そして音楽を演奏する人たち、バトンを回す人たち、学長(?)とかえらい人たちや、いろんな部活動の宣伝のような人たちが次々とやってきて沿道の人たちに手を振ったり歌を歌ったりしながら通り過ぎていきました。まさにパレード。小一時間くらいやっていたようです。結局最後まで見届けてきました。

パレードを見た後、ジムに行き、その帰りにラジオを聞き流しながら車を運転していました。いつも聞いているラジオ局ではホームカミングデイ関係のイリノイ大学対アイオワ州立大(だったと思う)のスポーツの特別試合の実況中継をしていました。漫然と聞き流していたら、家に着くころになって何のスポーツの実況をしているのかすら理解できていないことに気づきました。何のスポーツの中継をしているのかわからない実況中継を聞いているのもたまには良いものです。最後の一分くらいは集中して聞いてみたんだけれど、iceという単語を何回か言っていたことがわかったくらいで、結局何のスポーツかはわからずじまいでした。一体何のスポーツだったんだろうなあ。音の反響が屋内っぽかったしiceが関係するならアイスホッケーかなあ。・・・と書いたところで、ラジオ局のサイトに行けば判明することがわかったので行ってきました。やはりアイスホッケーでした。オチがなくてすみません。
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Champaignは小春日和です。暑い。

将棋でコンピュータが女流王将に勝ったようだけれど、当然ながらこういうのは複数回勝負して結果を見なければどちらが強いのかは言えないのだろうと思う。(7番勝負で先に4勝した方、とか。)でもコンピュータがプロに初勝利を挙げたという意味はあるでしょうね。ちなみにチェスで最も最近行われた人間vsコンピュータの公開試合は2006年のKraminik(人間、当時の世界チャンピオン)対Deep Fritz(コンピュータ)で、Kramnikが0勝2敗4分で負けています。この結果が決定的だったのか、それ以来、人間対コンピュータの試合への関心は薄れてしまったようです。その後のチェスにおいてはコンピュータは人間に対抗するものではなく、人間の棋力向上を助ける便利な道具という位置づけになっているような気がします。

コンピュータが囲碁に到達するのはいつになるんだろうか。囲碁に詳しい人に聞いてみたら、囲碁って目隠しの勝負はトッププロ同士でもできないようですね。一方チェスでは1934年に当時の世界チャンピオンのAlekhineが目隠しで32局の同時対局を達成しているので、複雑さがだいぶ違うんでしょう。
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