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豚インフルエンザについて、メキシコ人が『街中で「タコス!タコス!」って叫びながら咳き込んで混乱を誘ってみようか』って不謹慎なことを言っていました。
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忘れないうちにフィレンツェの記録を付けておこう。主に自分用メモです。

良く考えたら、僕がユーラシア大陸の土を踏むのはこのイタリア滞在が初めてでした。これに気づいたときには少しショックを受けました。25年間生きていて、今まで一度もユーラシアに足を踏み入れていなかったのか。他に行ったことのある大陸は北アメリカだけ。南アメリカとアフリカとオーストラリアにもいずれ行ってみたいなあ。できれば南極にも。できれば月にも。

ということで、初めてのユーラシアにおける旅行らしい旅行で行った先はフィレンツェでした。同行したのはこちらで知り合ったフィンランド人。というか、彼がフィレンツェに行くというので僕がついていったというのが正しい。188cmの長身で体格も良く、サングラスをかけるとどこかの用心棒みたいに見えるので安心して知らない土地を歩くことが出来ます。

初日:
朝5:30起床。早朝は駅までのバスが無いので徒歩で駅まで行く必要があり、早く起きる必要がありました。7:00頃の電車でTrentoからVeronaまで。Veronaで乗り換えてBolognaに着いたのはだいたい11:00頃だったと思います。初日は主にBologna観光に費やすことにしていました。Bolognaはそれほど大きな町ではないけれど、Trentoに比べると街の発展が進んでいました。街の中には中世に建てられた数十本の古い塔が建っています。そのうち一番高い塔(97m)に登ってみると街を一望できてなかなか良い気分です。階段が狭くて人の行き違いがスムーズに行かずに大変でした。中世の人たちは小さかったのかな、なんて意味の分からないことを考えながら降っていました。Bolognaでしばらく時間を使うことにしたのはボローニャ風スパゲティを食べてみたかったから。ということで昼食はボローニャ風スパゲティ、といきたいところだったんだけど、どうやら本場ではスパゲティではなくタリアテッレと呼ばれるきしめんみたいなパスタで食べるようで、昼食ではボローニャ風タリアテッレを食べました。本物のボローニャ風は、まさに想像通りの味だったんだけれど、アメリカで毎週ボローニャ風スパゲティを作っている僕には感慨深いものがありました。午後は、大聖堂や美術館に行きました。夕食もボローニャ風パスタを食べて、20:00頃にBolognaを発ってFirenzeに向かいました。Firenzeに着いたのは23:00、外は雨。なぜかBolognaで傘を買っていたので突然の雨でも問題ありません。滞在するのはCiao Hostelという最近出来たらしいホステル。チェックインして部屋に行ってみると、4人部屋なんだけど他には誰もいない。(同行のフィンランド人とは別部屋。)ホステルだけどなんだかホテルみたいに綺麗で、しかも4人部屋を一人で使えるという快適さ。素晴らしい。これで一泊23ユーロというのは破格だ、と思いました。3泊で計69ユーロ。

二日目:
朝9:00にホステルを出発。目指すは大聖堂。あっさり見つかる。まずは大聖堂となりの洗礼堂から。内装はやけに豪華。中世的な豪華さ。ガイドブックによるとダンテが洗礼を受けた場所だって書いてあるけど、本当かなあ。洗礼堂に満足して外に出てみると、大聖堂の前には入場待ちの長蛇の列が。100m以上はあるような。列に並んで30分くらい待って入場。大聖堂の中は思ったよりも普通であっけなかった。Bolognaの大聖堂の方が迫力があったなあ。この大聖堂の目玉は付属のドームらしいんだけど、残念ながらこの日は工事で閉められていました。その後は、大聖堂の裏にある美術館に行った後、大聖堂横の塔に登ってみました。Firenzeの街が一望できて「まさに写真どおりの景色」という眺めです。昼食は大聖堂近くの観光客目当てのレストラン。同行のフィンランド人がビールの大を注文したところ1Lのビールが運ばれてきました。12ユーロ。食事が9ユーロくらいだったから、ビールがなんだかメインみたいな感じ。僕はコーラだったけれど、6.5ユーロ。なるほどこれが観光地か、と二人で納得。食後はまずはメディチ家礼拝堂へ。メディチ家はお金持ちだったんですね、という礼拝堂。まあいいんじゃないでしょうか。そして、ミケランジェロのダビデ像を観にアカデミア美術館へ。入り口が変なところにある。中に入ると立派な美術館。ダビデ像は予想外のすごい迫力。これがミケランジェロか。これだけでもFirenzeに来た甲斐がありました。満足のダビデ像の後はなぜかインターネットカフェへ。30分の料金を払って、途中でやることがなくなったのでarXivを見てみたり。Firenzeまで来て何をやってるんだ、と思う。そしてミケランジェロ広場へ。Firenzeが一望できました。こちらの方がむしろ「写真どおりの景色」なのかな。その後は、夕食を取って、帰って、睡眠。

三日目:
この日はイースター(復活祭)。その名の通り、キリストが復活したことを祝うお祭りの日です。朝は、とりあえずバルジェッロ国立博物館へ。こちらにはドナテロのダビデ像があります。ミケランジェロに比べてこちらはずっと幼い感じ。まあいいんじゃないでしょうか。11:00から広場で復活祭の花火があるというので行ってみるも、人が多すぎて近づけません。花火は塔に隠れて何も見えず、音と臭いは感じるけれど花火を目で楽しむことは出来ず、失意のうちに広場を去ることになりました。さあ、次はウフィッツィ美術館。今日のメインです。行ってみると長蛇の列。列に並んでみても、ほとんど進まない。結局入場までに2時間半待ちました。ここに来たい人は、必ず予約してから来るようにしましょう。美術館の中は、なんだか素敵な廊下。廊下が、今まで行ったことのあるどんな美術館よりも洒落ていました。ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』は初めの方にありました。これは、描かれた当初はおそらく相当に美しかったんだろうなと思わせるけれど、今では色がくすんでしまって非常に残念。他にも大量のルネサンス絵画が置いてありましたが、印象派以降の現代絵画は皆無。硬派な美術館ですね。この日の夜は、大聖堂横のバーのテラスでビールを飲みながら広場で絵のポスターや謎のおもちゃを売っている人たちを眺めつつしばらく雑談。ポスターを売っている人たちはパトカーが近づくと商品をたたんで逃げていくんだけど、パトカーがいなくなるとすぐに戻ってきてまた売り始めます。警察の方も、別に本気で取り締まるつもりが無いんだろうなと思う。こんなFirenzeのイースターの夜。

四日目:
最終日です。朝はまずヴェッキオ宮へ。これは以前フィレンツェ共和国の政庁舎として使われていた建物で、現在は中を見学することが出来ます。英語のガイドによる「隠し通路ツアー」なるものがあったので参加してみました。ガイドさんの英語が異常にうまいなあ、と思っていたらガイドさんはアメリカ人でした。隠し通路ツアーは、本当に隠し通路を案内してくれてなかなか楽しめました。絵の裏に通路がある、みたいな。これは参加料を払う価値がありますよ。その後は、ピッティ宮へ。街外れにある、大きな御殿。もう、なんか絵がありすぎて食傷気味。ラファエロの有名な絵が飾ってあるなあ、とか思いつつ、宮殿内を俳諧。なんか、この四日間で絵を見すぎた気がします。もう絵はいいかあ、って感じ。ところでこの日のクライマックスはこの後。17:00頃に駅に行って帰りの切符を買おうとしたんだけど、自動券売機で買える分は売り切れていました。さて困ったぞ、その日のうちに帰りたいんだけど、と思って窓口に行ってみて聞いてみたところ、Firenze - Bologna間が一等車ならあります、とのこと。仕方ないかあ、と思って倍近い値段を払って一等車の切符を購入。しかし、Firenzeを18:35に発つはずのその電車が遅れて来ない。Bologna - Trentoへの電車の接続がなんだかあやしくなってきたぞ、と思いつつ20分遅れの電車に搭乗。しかし、席が無い。一等車の切符を買ったのに席が無いなんて、なかなか面白いことになってきたぞ、と思ってとりあえず一等車の廊下の床に座ることにしました。おそらく二等車の床の切符は既に売り切れていたんでしょうね。他にも床に座っている人たちがちらほらいました。Bolognaに着いたときには、乗り換え予定の電車は既に発車済み。仕方が無いので、というか電車が遅れたのはあちらさんの問題なので、次の快速電車に乗れることになって、無事にTrentoに到着。着いたのは午後11時くらいだったでしょうか。短かった旅もこれでおしまい。楽しかった。
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先週末のイースター休暇でフィレンツェに遊びに行ってきました。メディチ家はすごいなあと思いました。イースター(復活祭)の前後に行ったので、フィレンツェのイースター祭りも見ることができました。なんか、昼間から大広場で花火を打ち上げてたみたいなんだけど、僕が立っていた場所は高い塔の裏で花火は全く見えなかったのが非常に残念だった。でも、音と臭いと煙は伝わってきました。長いフィレンツェ旅行記(写真つき)を書こうと思って延ばし延ばしにしていたらなんだか面倒になってきてしまった。でも今週末中には書いてみたい。
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最近具合が悪そうにしていたインド人がついに今日病院に行ったところ、マラリアと診断されたそうです。今日そのインド人が発表予定だったセミナーはもちろんキャンセル。マラリアなんて深刻すぎてなかなか実感が湧かないなあ。でも数日入院すれば回復するそうです。

メキシコ人に、fuck youを日本語で何と言うのかと聞かれて、しばらく考えた末「いてまうぞ」という表現を教えたところなんだか気に入ったようで四六時中「いてまうぞ」って言っているんですが、再来月にH田さんが来たときには使わないで欲しい。
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地震ですが、Trentoでは全く揺れを感じませんでした。

Trentoに着ておよそ10日が経ちました。いまだにイタリア人たちが何を話しているのかはわからないし、こちらが何を話しているのかイタリア人は分かっていない様子だけど、だいぶ生活にも慣れてきました。毎日ピザかパスタを食べています。ついに宿舎のインターネットも通じ、生活環境も次第に整ってきました。昨日は学校の他の参加者と共に近くの山に滝を見に行ってきました。途中から道を見失って山の中を草木を掻き分け歩くことになったけれど、誰も遭難せずにどうにか滝にはたどり着けました。(8人で行ったのに帰りは気がついたら6人になっていたから2人遭難したのかも。その2人はこちらの6人が遭難しているんじゃないかと思っていたようだけど。)

今日からStringariとGiorginiの講義。残念ながらPitaevskii氏の講義はないようです。ちなみにこの学校の参加者は僕を含めて12人。日本人3人、ドイツ人2人、イタリア人1人、リトアニア人1人、スペイン人1人、フィンランド人1人、クロアチア人1人、メキシコ人1人、インド人1人です。面白いことに英語の母語話者は一人もいません。でも共通語は英語。研究所の扉が夜8時には閉まってしまうので早寝早起きの習慣をつけなければいけません。それではみなさんおやすみなさい。
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