2007年 06月 05日 ( 1 )

最近、キリスト教に対して非常に興味があります。

日本からアメリカにやってきて、意外と生活上や学習上で本質的な違いってあんまり感じないんだけど、一つ大きな違いを実感するのは宗教の存在です。

僕の周りには少なからず神様を信じている人たちがいて、それが僕には非常に大きなカルチャーショックでした。アメリカにはキリスト教の神様を信じている人がいるというのは、渡米前はわかってはいたんだけどなんだか自分とは関係ない遠い世界のことのように感じていました。いざやってきてそういう人たちと日々接していると、宗教や宗教を信じている人たちが思ったより身近に感じられて、非常に新鮮でうれしいんだけど、同時にどうしても理解できない絶望的な壁のように感じてしまうこともときどきあります。
なんで神様が世界を作ったって信じてるんだろう。
僕にはどうしても理解できず、悩んでしまいます。

最近キリスト教に対する絶望的な壁を痛感したのが、ちょっと話は変わるけどCarrie Underwoodという人の"Jesus, Take the Wheel"という歌を聴いていたときです。Carrie Underwoodという人はアメリカの女性カントリー歌手で、今年のグラミー賞で最優秀新人賞を取りました。"Jesus, Take the Wheel"という歌は、ある女性が赤ん坊を乗せて車を運転していたら氷にタイヤを捕られてスリップして大変だって思ってハンドルから手を離して「イエス様、代わりに運転してください」って祈って助かるって歌詞なんだけど、これを聴いたときCarrie Underwoodはこの歌を本気で歌っているって突然理解してなんだか恐ろしくなってしまった。

で、キリスト教に関する本などを少しずつ読んでいます。

オックスフォード大学の宗教学の教授(Richard Swinburneという人)がキリストが実際に復活した確率を数学を使って計算したらしく、その結果キリストは97%の確率で実際に復活・昇天したのだそうです。以前の僕なら、そんな話を聞いてもまあそんな変なことを言う人も世界にはいるだろうなって思ったと思うんですが、最近はそういったことを真剣に考えるようになってきました。そういったことというのは、宗教学の教授が97%の確率でキリストが実際に復活したということを真面目に話すということが存在し、それを支持する人たちもいるという現実に直面し自分はどのようにキリスト教徒と接していかなければいけないのかということを真剣に考えているということです。

僕は、どうやらキリスト教の教えを信じることと神が世界を創造しイエスは神であるということを信じることというのは別だと思っていたようです。おそらくそれまでの僕のキリスト教徒のイメージというのはキリスト教の教えを信じ実践する人たちで、それは僕にも十分理解できる行為です。少しわかりにくい言い方になりましたが、要するに「神が世界を作ったかどうかとかはよくわかんないけど、でも聖書を読むといろいろありがたいことが書いてあるからそれを行動規範に生きていこう」という態度は僕には十分に理解できるのですが、その考えと神が世界を創造して今現在も神が人々となんらかの相互作用をしているということを信じるということの間には僕の中ではギャップが存在しています。そして、本当のキリスト教徒というのは神が世界を創造したということをもちろん信じているわけで、そこにカルチャーショックを感じたようです。

神様を信じている人たちに会うことができたということだけでもこちらに来た価値はあったと思っています。
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