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聖書

僕は無神論者で全くキリスト教徒ではないのだけれど、聖書には昔から興味があって、そういえば小学生の頃に塾に聖書を持って行ってそれ以来しばらくあだ名が「聖書」になっていたことがありました。

最近アメリカ人でキリスト教徒(正教会、これは珍しい)の友人から英訳聖書(NASB)をもらったのをきっかけに英訳聖書についても興味が湧いてきてつい調べてしまったのでそれを忘れる前に書いておこうと思います。間違ったことを書いていたらすみません。

まず、聖書の現代風の英訳には意訳と逐語訳の二種類があり、意訳は原文の「意味」を伝えるように翻訳し、逐語訳ではなるべく翻訳者の解釈を介在させずに原文のことばを「そのまま」翻訳するようです。もちろんどちらも一長一短があるようで、意訳の問題は翻訳者の解釈が意図せず(あるいは意図して)入り込んでしまって原文の意味をゆがめてしまう場合があり、逐語訳の問題は訳文が必ずしも自然な英語にならず読みづらい物になってしまうようです。逆に言うと意訳の短所は逐語訳の長所であり、逐語訳の短所は意訳の長所になるようです。実際にはそれぞれの英訳聖書は意訳か逐語訳の両極端とは限らず、その間の適当なところで落ち着かせているようです。
意訳と逐語訳の違いの例は、例えばJohn 6:7に逐語訳寄りの聖書(NASV)で"two hundred denarii"(200デナリ)という貨幣の単位が出てくるのですが、これが意訳寄りの聖書(New International Version, NIV)では"more than half a year’s wages"と、デナリという単位がわからない人にも意味がわかるように労働力換算がしてあります。これは分かり易い例ですが、もっと細かいところで様々な違いがあって、意訳と逐語訳を読み比べると受ける印象は大きく異なります。

そして、個々の翻訳ですが、まず最初に挙げなければいけないのがKing James Version(KJV)あるいは日本語で欽定訳聖書と呼ばれる1611年にイギリスのジェームズ一世の命令で編集された翻訳。これは以後長期間にわたって英訳聖書の決定版として用いられており、20世紀初頭に至るまでほとんど唯一の英訳聖書として読まれてきて現在でも大きな影響力を持っているようです。翻訳の方法はどちらかというと逐語訳寄りのようですが、17〜19世紀の当時は比較できるレベルの翻訳が実質存在しなかったため、あまり逐語訳か意訳かということが取りざたされることはないようです。そんな権威ある翻訳ですがいかんせん昔の翻訳なので英語が古く、現代の英語話者が読むのは大変難しいようです。そして、さらに問題なのは、17世紀以降に発見された古い聖書の写本(これには死海文書も含まれます)や、最近の聖書学の知見が全く含まれていないため、内容も現代的観点からいろいろ批判があるようです。このような問題を解決するために19世紀後半から今に至るまで様々な他の翻訳が出ているのですが、何しろKJVは昔から権威を持って読まれてきたために今でも少なからぬ教会で読まれており、さらに熱狂的なKJV信者も存在するようです。このKJV信者の存在は非常に面白いので、後でまた書きます。KJVは僕もいつかどこかで手に入れなければいけないなあと思っています。

さあ、そして他の翻訳ですが、僕もいろいろな翻訳を見比べているわけではないのであまり多く取り上げられないのですが、いくつか代表的なものを取り上げます。

まずは僕がもらったNew American Standard Bible(NASB)。これはどうやら現在もっとも信頼されている逐語訳形式の聖書のようです。この聖書を読んでいて良いなと思うのは、本当に原文に忠実に訳そうとしているところです。例えば、原文をそのまま訳すとどうも英語では意味が通らないという部分があるといくつか言葉を足すなどして翻訳しているのですが、その場合は足した言葉がイタリックで書いてあるため、どこまでが原文に存在する言葉でどこからが翻訳者が足した言葉なのかがわかるようになっています。NASBを読んでいると本当に原文をフォローしているような感じがするので、なんだか一段深いところで聖書を読んでいる気がしてきます。あと、僕がもらったのはreference bibleで、本文に対して細かい注が付いています。と言っても特定の解釈をするための注釈ではなく、聖書の他の部分の参照や、翻訳上の機微が書かれています。たとえば、原書に使われている表現をそのまま訳すと"on my feet"になるけれど、それでは英語としてあまりに不自然なので"on foot"と訳してある、などの情報が注に書かれています。この翻訳は僕の性格に非常に合っていたと思う。そんなNASBだけれど、やはり逐語訳特有の英語の難しさ・堅苦しさがあり、アメリカ人でも高校2年生以上(11年生以上)レベルと言われているようです。ちなみにKJVの英語は(日本ではなく英語話者の)高校3年生以上のレベルです。

他にも広く読まれているものにNew King James Version(NKJV)やNew International Version(NIV)があるようです。NIVは意訳寄り、NKJVはNIVとNASBの間くらいの逐語訳・意訳の混ぜ具合のようです。昨日、本屋に行ってみると本屋に並んでいるのはほとんどがNIVでした。現在アメリカでもっとも売れているのはNIVだという話もどこかで読みました。NIVは現在もっとも信頼されている意訳聖書だそうです。実際に少し立ち読みしてみるとNIVの方がNASBよりも遥かに分かり易い英語で、これが売れるのは納得です。原文が"on my feet"なのか"on foot"なのかなんてことにはこだわらない人にはNIVの方が良いということは間違いないと思いました。しかし、NIVについて調べてみるとどうも去年(2011年)に改訂があったらしく、この改訂に文句を言う人も多いようです。というのも、性差別的な表現を避け、中性的に訳す方針にしたようで、NIVの以前のバージョンでheや書いて一般的な人を表していたのを改訂版ではthat personやtheyに変えたりしたそうです。他にも、menで一般的な人を表すのを避けたて別の表現で言い換えたりしているようです。この改訂には批判的な人もいて議論があるようです。僕は、NIVはどうせ意訳とわかりやすい文章を心がけている翻訳であって逐語訳ではないのだから性差をなくす翻訳をするのは構わないと思うのですが、まあ、みなさんいろいろ意見があるようです。

NKJVや他の翻訳については僕は見たことが無いので何とも言えないのですが、世の中には様々な英訳聖書があるようです。ここに紹介したKJV、NASB、NIV以外にもそれぞれの人の性格と興味とニーズに合わせていろいろな翻訳が出ているようなので、英訳聖書に興味がある人はいろいろ手に取ってみて見ると良いと思います。

最後に、KJV唯一主義者について少し書いてみます。KJVというのは先に書いたように長く読まれてきた名訳で、今でも多くの人に読まれていて僕もそのうち是非とも読んでみたいのだけれど、中にはあまりにもKJVにこだわってしまい、その他の翻訳は全て間違っていると主張する一団がいるようです。その考え方をKing James Version Onlyism略してKJVOなどと言って、彼らの考え方の根底には、聖書というのは神が与えた言葉であり、その翻訳も神の意志・助けを通じて世に出てくるものであって、そこにかかれている言葉は基本的に一言一句正しいものであるという信念があります。聖書が一言一句正しいのであれば、様々な英訳聖書のどれも一言一句正しいということはあり得ず、どれかが完全に正しくて他は少しずつ間違ったものであるということになります。そしてどれが正しいのかということを考えた時、17世紀から連綿と読み継がれてきたKJVこそ神の意志と保護が入っている正しい翻訳であるということになるようです。もちろんKJVは大多数の聖書学者から見ると古い翻訳で、新しい原典写本の発見や研究の進展とともに間違いも見つかっているのだけれど、KJVOの人たちに言わせればむしろ新しく発見された原典写本の方に問題があり、KJVの翻訳の元となった原典こそが正しい原典ということになるそうです。言い換えれば、原典が正しいかどうかは、その原典がKJVの翻訳と合致するかどうかで判断されるという、一見(そしておそらく本当に)、逆転した考え方にまで至っているようです。僕がKJVOについて知るに至ったのは、NASBについて調べている最中に、NASBの翻訳責任者の一人と称する人がNASBの翻訳を振り返り、NASBの翻訳は間違った行為であって反省しており、KJVこそが唯一正しい翻訳だ、と称している文章をネット上で見つけたからでした。なんだかおかしいなと思ってそれについてさらに調べるとどうやらその翻訳責任者の一人と称する人は実際にはNASBにはほとんど参加しておらず、KJVO側からの策略的な意味合いでNASBの批判を行っていたようだということがわかりました。こうなるともうなんだか内ゲバの様で面白いと思いました。ネットにはKJVOの人たちの書いた物はあちらこちらにあって注意しなければいけないんだけれど、KJVOの人たちは「正しい聖書の翻訳はどれだろうか」とか書いてKJVを推薦したり、他の翻訳をこき下ろしたりしていて慣れればすぐ見分けがつきます。こういう人たちがKJV自体のイメージまで低下させているようなのはなんだか悲しいことだと思いました。

なんだかいろいろ書いてしまいましたが、特に結論のある文章ではありません。最後まで読んでくれた方、お疲れさまです。そして、ありがとうございました。
by t_oz | 2012-07-02 01:41