本とか

高木貞治の解析概論の新版が出たようですね。LaTeXになったとか。新版でも関数ではなく函数のままなようなので、これからも数学を学ぶ学生に数学の重みを伝えていってくれることでしょう。
この本はそういえば著作権が切れたらしいけれど、これから何らかの影響は出るんだろうか。

最近、渡辺明『生成文法』を読んでいます。真ん中ぐらいまで読みました。入門書とは言え、言語学の専門書なのですらすら読むことはできないのでいつ読み終わるのかは未定です。でも生成文法の入門としてはとても良い本だと思う。
なぜこんな本を読んでいるのかというと、なんだか興味を持ってしまったという以上にちょっとうまい説明が思いつかないんだけれど、まあ知らない分野の勉強は息抜きにちょうど良いのです。
以下、素人としてこの本をここまで読んだ感想というか独り言です。このブログのいつもの話題とずいぶんずれるし、対象読者がちょっと思い浮かばないので、一応この先は隠しておきます。



生成文法の考え方は、英語あるいは個別の言語の統語論としては有意味だと思うけれど、普遍文法とつなげてしまうとこじつけであるとしか思えないというのが今のところの感想です。というか、実を言うとそういう感想は読む前から持っていて、この感想を覆してもらうことを期待してこの本を読み始めたんだけれど、その印象は強まるばかりでした。(世界中で何千人という研究者が研究しているん分野なんだから、僕が何かを見落としているはずだという印象は未だに持っているんだけれど。)

可能な文の長さが無限大であることを公理から証明しているけれど、これは何度考えても議論が逆で、無限大の長さの文が可能であることが公理が無矛盾であることを裏付けているにすぎないと思う。

「本を買いはジョンがしなかった」が日本語として文法的に正しいというのは日本語ネイティブとして受け入れられないなあ。こういう不自然な例文が出てきてしまうと、素人的にはやはり普遍文法はおかしいんじゃないかと思ってしまいます。

この本を読んでいて、実は一度「生成文法はもしかしてとてもすごい理論なんではないか」と一人興奮したところがあって、それは代用表現の説明として動機付けられて導入されたXバー理論が否定極性表現をc-command条件を用いてうまく説明するのに有用だったところです。ある理論が他の現象の説明に使えるならこれは科学と呼べるかもしれないと思って、読みながら少し心臓がどきどきしていました。でも良く考えると(というか2ページくらい読み進めると)、何が否定極性表現を認可しているのかが結局問題となるのでXバー理論だけでは否定極性表現を説明できず、認可する主体という新しいパラメータ(普遍文法的な意味ではなく)を用いなければ説明できないことがわかったので、失望してしまいました。
パラメータが四つあれば象をフィットできるし、五つあれば象の鼻も動かすことができるといったのは誰だったろうか。今僕が生成文法に対して感じているものを適切に表した比喩です。

まあ、まだ半分しか読んでないので、これから先の説明で僕の印象を変えてくれることを大いに期待しています。
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by t_oz | 2010-09-20 14:06 | Comments(2)
Commented by のだ at 2010-09-27 07:40 x
von Neumannらしいです http://sci.tea-nifty.com/blog/2008/07/post_3a84.html
「ゲーム理論と経済行動」にも,よく見ると象に見えるプロットが載っているとどこかで読んだような...
Commented by t_oz at 2010-09-27 11:09
リンク先のリンク先によると、パラメータが30個あればとりあえず象をフィットできるようですね。ノイマンとフェルミが手を組めばもうちょっとうまくフィットできて鼻も動かせるんでしょう。